お母さんの声
札幌市のお母さん
桶谷の手技を知ったのは、義妹がきっかけでした。
義妹は、私より半年ほど前に出産し、2日目からコチコチおっぱいで苦労していました。そして、1ヶ月目の保健婦さんの訪問で桶谷の手技を教えてもらい、以来トラブルはあるものの、順調に母乳で育てていました。
そんな、義妹を見ていましたので、私はすぐに、手技を受けようと決めていました。しかし、産んですぐに子供 は、小児センターに入院。はなればなれとなりました。2日たっても、はってくる気配もない。それでも3日目に、 キーンと感じるものがあり、義妹を通して、相談室の方から「3時間おきに、搾乳してごらん。」とのアドバイスを 受けました。 始めは、悲しいくらい少量だったのが、3日もしたら、いい調子で保存パックで冷凍。子供も12日間の入院生活を終え退院。 すぐに手技を受けようと決めていましたが、いろいろあり産後40日目でやっと受けました。出産した病院では、子供がいなかったし、小児センターではくわしく教えてくれなかった飲ませ方を手とり足とり教えてもら い、本当によくわかりました。そして、なによりも勇気付けられました。
断乳を終えたお母さんから
入院中、同室の人とオッパイが出るのを楽しみにしていたのもつかの間、出だしたところが詰まるわ痛いわ、乳首にキズは出来るし、乳房は熱をもって赤くはれてくるし、腕は動かせなくなる。これ以上ひどくなったらどうしようと不安を抱える毎日でした。以前から、「桶谷式」の名前を知っていたことは私にとって幸いでした。たんぽぽ母乳育児相談室に通うことができるようになって、見て貰えるという安心感から、精神的にぐっと楽にな りました。
途中であきらめず母乳を続けることが出来たのは「桶谷式」があったからです。いまでも感謝しています。
分泌不測のお母さんから
子供を出産し始めて我が子に乳房をふくませた時の不思議な気持ち。生後3週間目にして絶望的なオッパイに、はじめて桶谷式の手技をしてもらいほんの少しだけ、にじみ出た時はとても嬉しかったです。
私は、母乳に何のこだわりも持っていませんでした。出なければミルクで十分と考えていました。そんな私が、何でこんなに出の悪い母乳にこだわったのか、いまでも良くわかりません。
もしかしたら、あの時はじめて、乳房を含ませたあの不思議な「いとおしさ」からだろうと思います。
おっぱいで育てたいと強く思いはじめて、ほとんど出ないおっぱいに手技をし続けて、ちゃんと母乳が出るまで色々励ましつづけて下さって、本当に感謝しています。